
早稲田の地に鎮座する、知る人ぞ知る金運のパワースポット
早稲田大学のほど近く、閑静な住宅街に佇む穴八幡宮は、
知る人ぞ知る金運のパワースポットとして、
多くの人々から信仰を集めています。
特に、冬至から節分の期間に授与される「一陽来復」のお守りは、
その強力なご利益から、毎年多くの参拝者が求める人気のお守りです。
穴八幡宮の主祭神は、誉田別命(ほんだわけのみこと)(応神天皇)です。
誉田別命は、武運長久、殖産興業、家内安全の神として知られています。
また、穴八幡宮は、
源頼義・義家が奥州征伐の際に戦勝祈願したことから、
勝負運の神としても信仰されています。
これらの神様のパワーが、
金運や開運のご利益につながっていると考えられています。

穴八幡宮で最も有名なのが、冬至から節分の期間に授与される「一陽来復」のお守りです。
「一陽来復」とは、
冬が終わり、春が来ることを意味する言葉で、
陰が極まり、陽に転じることを表します。
このお守りは、金運招来、商売繁盛、開運招福のご利益があるとされ、
一年間の運気を上げるために、多くの人が求めます。

穴八幡宮は、その名の通り、境内にある洞穴に由来しています。
この洞穴は、古代の住居跡とも言われており、
神秘的なパワーを感じさせる場所です。
穴という言葉には、
「隠された財産」や「思わぬ幸運」といった意味合いもあり、
金運の神様として信仰されるようになったと考えられています。
穴八幡宮では、以下のようなご利益があるとされています。
金運上昇: 財運、金運、宝くじ当選など、金銭に関する運気を上げることができます。
商売繁盛: 事業の発展や成功を祈願できます。
開運招福: 運勢を好転させ、幸福を招くことができます。
勝負運: スポーツ、試合、受験、就職活動など、様々な勝負事の勝利を祈願できます。
家内安全: 家族の健康と幸せを祈願できます。
康平五年(西暦1062年)、源義家(八幡太郎)は奥州の乱を鎮圧し凱旋の折、日本武尊命の故事に倣い、
この地に兜と太刀を奉納しました。同時に、氏神である八幡宮を勧請し、
永く東北地方鎮護の社として篤く祀ったことが、穴八幡宮の創始とされています。
この由緒により、慶長・元和年間(1569年~1623年)に至るまで、この一帯は八幡山と呼ばれ、神木の下に小祠が鎮座していました。
寛永十三年(1636年)には、早稲田に居住する幕府御持弓組頭の松平直次がこの地に射場を設け、
射芸の守護神として八幡宮を奉祀しました。
寛永十八年(1641年)、宮守の庵を建立するため南側の山裾を開墾したところ、
神穴が出現し、中から金色の御神像が発見されました。この霊験により、この時より「穴八幡宮」と称されるようになりました。
同年、この地に居住していた幕府祐筆の大橋龍慶が方百間の地を寄進し、壮麗な社殿が造営されました。
この頃、神木の松から瑞光が放たれ、また将軍世嗣の誕生に際して種々の奇瑞があったことが、
たまたま鷹狩の途中に当社へ参拝された三代将軍徳川家光公の耳に達しました。
これにより、当社は江戸城北の総鎮護として幕府による総営繕が命じられました。
慶安二年(1649年)、四十二坪の社殿をはじめとする数々の殿舎が竣工し、
また大名・旗本からの多岐にわたる寄進があり、八千八百余坪の境内地に壮麗な建物が建ち並び、
将軍家祈願所としての規模が整いました。以降、穴八幡宮は江戸屈指の大社として重要な地位を占めることとなります。
その後も幕府により、寛文・延宝・享保・元文と数度にわたり造営・営繕が行われました。
特に元禄十六年(1703年)の造営は、江戸権現造の社殿としてその壮麗さを極めたと伝えられています。
参照 穴八幡公式ホームページ
所在地: 東京都新宿区西早稲田2-1-1
最寄駅: 地下鉄早稲田駅
参拝時間: 9:00~17:00
穴八幡宮は、金運や開運のご利益があるとされ、多くの人々が訪れる神社です。
誉田別命のパワー、一陽来復のお守り、穴という名の由来などが、
その理由として挙げられます。
金運アップを願うなら、ぜひ一度
穴八幡宮を訪れてみてください。
きっと、あなたに幸運をもたらしてくれるでしょう。
「一陽来復」の力で、あなたも豊かな一年を。